使命がわかる!アナグラム ②

小林正観さんは、長年、宇宙の法則を検証してきた結果「私たちは自分の名前を自分で決めて生まれてくる」とわかったそうです。

そして、私たちがあの世にいる時に「自分で人生のシナリオを書き、両親を選んで生まれてくる」ということもわかったそうです。

そのため、自分の名前には、その人が生を受けた使命や役割が隠されていて、名前の文字を組み替えると見えてくるのだそうです。


ただし、この文字を並び替える『アナグラム』は、興味本位でやってもすぐには見つからないのだそうです。

現在、何かを「やらされている」のなら、それらしい文に出合えるようです。

しかし、まだ世のため人のため、社会のために貢献しておらず、自分の喜びや楽しみを主に追い求めている場合、あるいは、給料をもらう仕事だけに明け暮れている場合には、なかなか出てこないそうです。

(本人に、そのような『役割』が始まっていないと出てきません。)


前回、私自身のアナグラムをやってみた結果をご紹介しましたが、私はまだ『頼まれごと』の人生には入っていないので、自分の解釈は間違っているかもしれません。

それでも、人生の節目・節目で、アナグラムをやっていくうちに、自分の使命・役割のヒントが見つかると信じています。


正観さんの著書に、アナグラムをした方の例がのっていましたが、「…せよ」などの命令的な文章では出てこないようです。


例で、『里の慈雨』と出てきた方は、

(私が読み解いた結果「さとうしの」さんという方だと思います)

「楽しく幸せで穏やかに暮らす人々が、雨が降らないことで困り、争い事が起きようとする時、恵みの雨のようにその緊張を和らげる役割」

と解釈されていました。


皆さんのアナグラムも、早く見つかることを祈っております。


使命がわかる!アナグラム ①

小林正観さんは、自分の名前をひらがなにして並べ替えると、使命がわかるとおっしゃっていました。これを『アナグラム』(日本語に訳すと「字謎」)と言います。


正観さんの場合は、「こ・ば・や・し・

せ・い・か・ん」を並び替えると『完成後速し』となったそうです。

(もう一つ出てきたようですが、私の持っている著書からは見つけられませんでした)


正観さんは、「新しい価値観が完成したなら、あとは何も考えず(後ろを見ずに)ひたすら速く走れ」と解釈したそうです。


ちなみに、小文字の「ゃ」「ゅ」「ょ」「っ」などは大文字でも使え、が・ざ・だ・ば行の濁点はそのままでも、とって使っても良いようです。


私の場合、結婚してから変わった主人の名字で『アナグラム』を作り続けてきましたが、なかなかピンと来る文章にめぐり会えずに長年が経過していました。


一年前くらいに、ようやく「これかな?」と思われる文章を見つけました。

ここで披露すると、本名がわかってしまうので、解釈だけをご紹介します。


「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句の『五戒』を言わなくなれば、そのあとは人を癒したり、励ましたり、勇気づけたりできる人生が待っている」


このように、勝手に解釈しました。

私の場合は、結局「『五戒』を一切言わない」ことが達成できない限り、使命は果たせないようです。

一日も早く、『五戒』から卒業したいものです。

床磨きは自分磨き ②

『全捨離』提唱者の櫻庭露樹さんが「床磨き」の大切さに気づいたのは、ある友人Aさんの話を聞いたことがきっかけだそうです。


Aさんが、美容室を始めた時のことです。

オープン当初から、その美容室は評判になり、予約の電話がひっきりなしに鳴っていました。

その現象に、Aさんが傲慢・天狗になってしまったからかはわかりませんが、ある時を境に、客足が途絶えたのだそうです。

もともと不思議なものが見える、霊能者であったAさんは、ある時、店の前に、古代の日本の神様のような身なりをした方が、怒った表情で立ってらっしゃるのを見たそうです。

Aさんは、こう尋ねました。

「自分が傲慢だったが故に、神様はお怒りなのですね。どうしたら、お許しいただけますか?」

すると、その神様は「床を磨け!」と答えたそうです。


その日からAさんは、毎日両手・両膝をついて、「ありがとう」と言いながら、丁寧に床を磨き続けました。

1週間後、気がつくと、店の前に立っていた神様がいなくなっていたそうです。

そのとたん、店に、また予約の電話が鳴り響くようになったとのことです。


そのAさんの話を聞いた日、帰宅した櫻庭さんは何気なくテレビをつけたそうです。

すると、そのテレビでは、和歌山のとあるミカン工場の特集をしていました。

経営難に陥っていたそのミカン工場は、立て直しを図るため、従業員の方たちで、打開策を話し合ったそうです。

一人の女性従業員が「工場が汚いので、掃除しては?」と提案しました。

その日から、従業員全員で、工場の床などをピカピカに磨き上げたところ、ついにV字回復を果たし、そのミカン工場は、経営難から脱却したのだそうです。


一日のうちに、2つも「床磨きの奇跡」を目の当たりにした櫻庭さんは、床磨きの重要性を実感したそうです。


床磨きをすると、不思議なことに、商売をやっている方にはお客さんが入ってくる、個人には幸運がやってくる、と私は理解しました。


私が、どのくらいの期間床を磨き続けたら、幸運がやってくるのかはわかりませんが、何かおもしろい現象がやってくると信じて、これからも毎日続けていくつもりです。

床磨きは自分磨き ①

私が全捨離を始めてから1年5ヵ月、物を減らし始めてから6年半が経ちました。

最近ようやく、床の物がなくなり、部屋が非常にスッキリしてきました。


今までは掃除が億劫で、固く絞った雑巾で両手・両膝をついて、丁寧に床を磨くなんて、年に数えるほどしかしていなかったと思います。

(お掃除は、掃除機とクイックルワイパーで簡単に済ませていました)


物がなくなって床面積が広がったので、

寝室の床玄関のたたきトイレの床を、毎日、拭き掃除することに決めました。

(この先、死ぬまで、未来永劫やり続ける!と決めなければならないようです)


先日の講演会で、櫻庭さんが、毎日のルーティンをいかに増やしていくかが開運の鍵になるとおっしゃっていました。


そして、床面積=自分自身なので、床を磨くことは自分を磨くことにもつながるようです。


全捨離をして、床面積を広げ、床を磨くことを続けたら、そのうち自分の使命がわかってくるのだそうです。


私は、小さい時から

「何のために生まれて来たのか?どんな仕事が自分にピッタリなのか?」

ずっと知りたいと思って生きてきましたが、この歳になっても見つからず、日々、「今のままで十分幸せ。だから、今以上を求めてはいけない。」と自分を律してきました。


でも、せっかくこの世に生まれて来たのだから、人様のお役に立って、人に喜ばれることをたくさんしてから、あの世に戻っていきたいです。


小林正観さんは「夢や希望を持たなくても『頼まれごと』をこなしていけば、使命・天命につながる」とおっしゃっていました。

ただし『頼まれごと』は、不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句である『五戒』を一切言わない生活を3ヵ月くらい続けないとやって来ないそうです。


その話を初めて聞いてから、もう18年も経ちますが、いまだに、愚痴や泣き言を一切言わない生活が、私にはかなり難しく、達成出来ていません。

ずっと、これをクリアしたいと思って生きてきたので、18年前に比べたら、口にする量は減ってきたかもしれませんが、完全に五戒を言わないで何ヵ月も過ごすことは、今世の私には無理なのかも…とさえ思ってしまうことがあります。


櫻庭さんは、『五戒』を全く言わないにこしたことはないけれど、言ってしまったなら、その時間を引きずらず、いかに短くしていくかが大事とおっしゃって下さいます。

正観さんのように「『五戒』を一切言ってはならない」と厳しくはおっしゃらないので、私には救いになっており、大変有難いです。


毎日床を磨いていけば、長年見つけることが出来なかった使命が、インスピレーションで降りて来るかもしれない…!

そう信じて、毎日床磨きを続けていきたいです。


こういう人に、私はなりたい!②〜感謝婦人

小林正観さんは、著書『豊かな心で豊かな暮らし』の中で、作家・三浦綾子さんについて触れています。


三浦綾子さんのエッセイ集の中に『感謝婦人』という話があるそうです。


三浦さんは、北海道・旭川市に住まわれていましたが、旭川で、夏の一番暑い時に、二十日間連続して雨が降ったことがありました。

旭川の人たちは「長雨で困ったものですね。洗濯物が乾かないですよね」などと言い合っていたそうです。


三浦さんたちの友人に、なにがあっても「ありがたいことですよね。神様に感謝ですよね」と言うのが口癖の『感謝婦人』と呼ばれる方がいました。

この方なら、今回の長雨についてどんなことをおっしゃるのだろう、と聞いた方がおりました。

「二十日間も長雨が続いて、本当に困ったものですね」

そうすると、感謝婦人はにっこり笑ってこう答えたのだそうです。


「ありがたいことですよね。神様に感謝ですよね。この長雨を、もし一日で降らせたならば、川が氾濫したりして、多くの方が困ったでしょうね。限りなく優しい神様は、この長雨を二十日に分けて降らせてくださったのですね。」


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二十日間の長雨に対して、大半の方が「困ったものですね」と答える中、「ありがたいことですよね」と答えられる感謝婦人には頭が下がる思いです。


一見、マイナスな出来事でも「全てに意味があるんだ!」と捉え、いつでもプラスに変換し続けられる人間になりたいものです。

建国記念の日にぜひ知って欲しい真実!〜素晴らしき上皇陛下

本日、2月11日は『建国記念の日』です。

昭和41年に「建国をしのび、国を愛する心を養う日」として定められました。

もともとは、紀元前660年の旧暦1月1日(新暦2月11日)に、日本の初代天皇である「神武天皇」が即位された日です。


国を愛する心」を誰よりもお持ちなのが、天皇陛下であることは、誰しも想像に難くないでしょう。

平成の約30年間、日本をお守りになられた上皇陛下は、実は現在も素晴らしき実践をされている方だとぜひ知っていただきたいのです。

私はこの真実を9年前に小林正観さんの遺稿、『豊かな心で豊かな暮らし』で知り、さらなる秘密を最近知りました。

この真実を知って、感謝しない人間はいないと思っております。


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一月一日、天皇陛下(ここでは上皇陛下を指す)は東西南北、四方に向かって、こう祈りを捧げるのだそうです。


もし今年、日本に災いや不幸が起きるのであれば、まず私の体を通してからにしてください」と。


つまり、日本国民に災いが降って来るようなら、まず、私が最初に犠牲になります、という思想です。


これほどに人間の魂は崇高になれるものかと驚き、本当に頭の下がる思いでした。


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2011年の東日本大震災の時も熱心にお祈りされていたそうです。甚大な被害に、自分の力不足、と自らを責められたかもしれません。

上皇陛下は、2002年末に前立腺がんにかかられておりますが、日本全体の災いを受け止めたため、病気になられたのかもしれません。


そして、最近知った真実は、東京の皇居のつくりについてです。

風水では、鬼門(きもん)である北東が欠けている(=へこんでいる)家は、災いが起きやすい大凶相として忌み嫌われているのですが、皇居はわざと北東を欠けさせたつくりになっています。

なぜかというと、日本に入ってくる災いを、全て皇居で受け止めるためだそうです。

そして、上皇陛下が、早めに譲位されたのは、欠けのある北東の部屋で、毎日祈る必要があったため、と言われています。

ご公務に追われていては、お祈りがおろそかになってしまうからです。

現在も上皇陛下は、日本、さらには世界に降りかかる大難を小難に変えるべく、必死に祈ってくださっていることでしょう。


この上皇陛下の話を知って、涙が止まりませんでした。

日本に入って来る災いを、全て自分の身に受けていらっしゃるのです。


私たちは、自分や家族だけは病気や災難に遭わないように、と願いがちです。

災いを自分の体に通すだなんて、誰にも出来ません。

上皇陛下や今上天皇が、私たちの見えないところで、こんなに素晴らしいお働きをして下さっているのかと思うと、感謝してもしきれない気持ちでいっぱいになりました。

こういう人に、私はなりたい!① 〜天龍寺の貫長さん

誰よりも優しくなりたい。

そのためには、精神的に打たれ強くならなければなりません。

私が今まで読んだ、小林正観さんの本の中で「この人はすごい!」と思った方をご紹介したいと思います。


天龍寺貫長さん】

〜『悟りは3秒あればいい』より抜粋


ある時、正観さんは、玄侑(げんゆう)さんとおっしゃる臨済宗のお坊さんとお知り合いになったそうです。

その玄侑さんが京都の天龍寺で修行していた時の話です。


毎朝、作務衣(さむえ)を着て、玄侑さんが掃除をしていると「おはようございます」とにこやかに挨拶される方がいらっしゃいました。

この方は、天龍寺貫長さんで、お寺で最高位の方でした。


この貫長さん、毎朝決まった時間に天龍寺の近くを散歩されていたのですが、決まって毎日出会う男性がいました。

その男性に、毎日同じように「おはようございます」と挨拶して、会釈されていたそうです。

けれどもその男性は、一度も挨拶を返しませんでした。

それでも貫長さんは、毎朝笑顔で挨拶を続けました。


三年経ったある日のこと。

いつものように「おはようございます」と笑顔で挨拶した貫長さんに対して、その男性はついに声を発しました。

「ごめんなさい」と言って、ガバッとひれ伏したというのです。


この男性の心に何があったのかは大した問題ではありません。頑なに挨拶を拒み続けた人に対して、三年もの間、笑顔で挨拶をし続けた人がこの世にいる、という事実がすごいことです。


     ◆          ◆          ◆


私は、近所の方に、大きな声で「おはようございます!」と言って、無視されたことが何度もあります。

その度に「なぜ無視するんだろう」といちいち腹が立ち、落ち込むことが多いです。

たった何回かでも、心が折れるのに、笑顔で三年も言い続けられるなんて、信じられません。


挨拶をし続けることは、この貫長さんからすると、相手が返してくれようがくれまいが、何事にも動じなくなるための「修行」だったのかもしれない、と正観さんは締めくくっています。


この貫長さんの様に、いきなり強靭なメンタルを身につけることはできませんが、私も今度から「相手からの返事が返って来なくて当たり前」と考えて、言い続けようと思います。

そうすれば、いちいち落ち込まなくて済みそうです。

紙切れ1枚ずつでも、精神的に強くなって行きたいです。